組合健保、共済組合など、大企業や公務員が加入している制度で、これらは保険料だけで加入者の医療費を賄っており、おおよそ1600の保険者が存在します。
保険料は労使折半が原則ですが、使用者側は最高8割まで負担することができるので、平均すると55%を負担しています。
第2は、中小企業の勤労者が加入している政府管掌健康保険(政管健保)で、名前の通り政府(厚生労働省)が運営しているひとつの保険者です。
中小企業の勤労者は大企業と比べて収入が低く、病気にかかりやすい傾向があります。
そのため保険料だけでは賄いきれず、国庫負担、つまり国の一般財源から保険料の不足分として全体の14%を補填しています。
第3は、自営業者や年金生活者が加入している国民健康保険(国保)で、市町村が運営していますので、その数だけおおよそ1800あります。
これらの加入者には使用者の負担もなく、さらに一般的に所得も低いし、病気にもかかりやすいので、保険料の不足分として、国が平均してその半分を税金で補填しています(富裕な大都市では4割、町村によっては最高8割)。
保険者である市町村はそれでも不足するので、自分たちの一般財源からさらに1割弱補填しています。
平等な医療が保たれるもう1つの理由は、高齢者の医療を支えるための保険者間の財政調整です。
大企業のサラリーマンは、在職中には健保組合に加入し、退職した時点で、居住している地域の市町村が保険者となっている国保に移ることになります。
したがって、高齢者の8割弱は国保に加入しています。
国保は、年金生活者など所得が一般に低い人や高齢者が集中しているので、国の補填だけでは賄いきれません。
このような制度の矛盾を是正するため、1982年に制度改革が行われ、高齢者の医療費を保険者間の財政調整で主に賄う「老人保健法」が施行されました(40歳以上の検診を義務づける内容も含まれるので「保険」ではなく「保健」となっています)。
サラリーマンは退職後、国民健康保険に加入するので、医療の必要性が高まる時に自己負担割合が高まり、またその医療費は税と国保加入者の保険料によって助成を受けることになります。
こうした不合理を是正するために1984年に退職者医療制度が設けられました。
退職者医療制度の対象は、被用者年金の受給者で、まだ老人保健法の対象とならない国保の被保険者とその扶養家族です。
同制度により患者の自己負担割合は被用者保険と同じになります。
また、保険者が負担する医療費の半分は国保、残り半分は被用者保険からの拠出金によって賄われます。
2002年の健康保険法改正において、自己負担割合が3割に統一されたため、加入者にとって退職者医療制度のメリットはなくなりました。
しかし、医療費の全額が被用者保険からの拠出金で賄われるので、国保にとってありがたい制度です。
したがって、老人保健法の対象年齢が70歳から2002年10月より毎年1歳ずつ75歳まで引き上げられて、老人医療費への拠出金は削減されるように見えますが、その分、退職者医療制度の拠出金が増えてなかば相殺されます。
医療改革が実施された以後も、2014年度までの間の65歳未満の退職者を対象として、経過措置として存続します。
また、それ以降も65〜75歳未満の前期高齢者については、保険者間の財政調整で対応することになっていますので、拠出金は実質的にはあまり減りません。
具体的には、各保険者に対して、自分の保険に加入している高齢者の割合に関係なく、全国平均と同じ割合で高齢者が加入しているものとして、拠出する制度となりました。
たとえば、ある保険者における高齢者の占める割合が全体の2%で、その医療費として10億円給付したとしますと、拠出金は全国平均の12%の高齢者加入率に調整されて、6倍の60億円となります。
このような保険者間の財政調整で高齢者の医療費の7割が賄われ、残り2割を国、1割を県と市町村で折半しています。
その結果、高齢者は国保に8割弱加入しているにもかかわらず、保険者の負担はほぼ均等で、国民全体が3種の保険に加入している割合を反映しています。
これは組合健保が、退職者医療制度のための拠出金と合わせれば、徴収した保険料の約4割を高齢者の医療費のために拠出することによって可能となっているので、大きな不満の種です。
以上のように、日本の医療保険制度は職場や地域を単位とした社会保険方式をとっていますが、各保険者の保険料による収入と、医療サービスの給付のアンバランスを是正して、基本的には公平な制度を保つために、税による補填と、保険者間の財政調整を行っています。
国の税による補填が医療費全体の4分の1を占めており、歳出としては防衛費の総額を上回っています。
こうした財源構成となっているため、国として歳出を削減するには医療費を抑制する必要があり、医療改革を推進する原動力となっています。
日本の特徴は「自由開業医制度」であり、それは医師であれば、どこでも自由に開業し、内科、外科、小児科などの診療科を自由に標傍して、原則的に自分の裁量で診療してもよいという制度です。
これに対して、諸外国では専門医の制度が発達しており、所定の研修を修了し、試験に合格しない限り当該診療科の専門医を標傍することは認められず、また原則として当該専門領域の診療を行うことも許されていません。
現在の制度の骨格は、明治時代にとられた次の政策によって規定されています。
第1に、医師免許を西洋医学を修めた者だけに与えることにしましたが、医師を速成できないので、当時医業で生計を立てていた者とその跡取りに対しても、医師免許を与えることにしました。
その結果、江戸時代において発達した、身分を問わず、だれでもが医師として開業できた自由開業医制度がそのまま継承されました。
第2に、日本には開国するまで、小石川の療養所などの例外を除いて、病院も貧困者を収容する施設もありませんでした。
そのため、欧米では病院は教会や篤志家が開設しましたが、日本では医師主導で明治以後に開設されました。
つまり、大学病院は医師を養成するため、公立病院は伝染病患者を隔離収容するため、陸海軍病院は傷湊軍人を治療するため(これらの病院は戦後厚生省が引き受け、現在は国立病院機構)、そして民間病院は診療所の延長として、それぞれ開設されました。
現在に至っても民間病院が最も多く、そのため法律的には20ベッド以上あれば「病院」で、それ未満は「有床診療所」に分かれていますが、両者の機能的な違いは明確ではありません。
第3に、大学病院を全国に開設する資金はなかったので、限られた財源を東京大学に集中的に投入し、同校の卒業生を教官として全国に赴任させることによって地方の大学を開設し、不足部分を私立の医学専門学校などで補完しました。
その結果、東大を頂点としたヒエラルキーが形成されました。
第1と第2の方針で、医師も病院も一応量的には確保されましたが、質的にはともに不足し、こうしたニーズに対応するために大学から病院に医師を派遣する「医局制度」が誕生しました。
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